3. 己の道


_その頃
上総介と吉乃は駿馬を駆り、一面の桑畑を越え木曽川の辺で空を眺めていた。

「大事な・・・御打ち合わせがお有りなのでは?」
「よいのだ」
「然様でしょうか・・・」
「大事・・・だからこそ其方の兄上らに委ねなければならない」
「はい・・・」
吉乃は頷いた。
だが吉乃の物憂げな眼差が、確かに己の双眸に震えるのを上総介は見過ごす訳にはいかなかった。
「知っておる。犬山が家老の事であろう?」

吉乃は思わず上総介の顔に手を差し延べ、その切れ長の目縁の中の炯眼を覆い隠した。

「吉乃はこのまま我が言うた薬草を摘んでまいれと言うたら・・・」
「わかりませぬ・・・来ぬかも」
吉乃は塞いだ手をとき、二人は目をあわせて呵々と笑った

「では、そうじゃな・・・あの丈の一番伸びた碇草ではどうかな」
上総介は他よりも淡黄色の鮮やかなそれを指さした
「夫れでは致し方ありませぬ・・・」
吉乃の含羞に満ちた頬に、上総介は安堵し続けた_

「己が手で摘めぬ草であれば、その葉付きの良し悪し、ましてや隠れた毒虫など見えぬ・・・唯の一茎しか生えぬ草などあらずのに、一寸先の者が知恵を摘んでは、全てが危うくなる・・・それに・・・」
吉乃は上総介の躰に頬を溶かすように寄せ、上総介もまた吉乃の躰が己に溶けるのを感じた。
「それに 疾風に頸草を知る という事も・・・」
「・・・けいそう、とは?」
「いやっ・・・良い。このこと其方の兄上に言うてはなぬぞ」
「まぁ、では聞きまする」
「其方は会うたびに意地が悪くなるのだが・・・何故じゃ?」
「夫婦とはそのようなもの・・・」

春の風が、初々しい男女の微かな息づかいを拾い過ぎた_

尾州統一を推し進める上で、公然と美濃と通じた岩倉の織田伊勢守家はもはや確実に摘まねばならぬ敵である。が、その岩倉より北東、木曽川沿いの犬山に居を構える織田下野守信清も気を置かねばならぬ存在であった。
岩倉方も犬山方も元はと言えば旧清須方(信友ら)掃討後の、この両者の領地境界線、その調停を不服とし信長と距離を置くようになっていたからなのである。信長からすれば従兄弟にあたる信清だが、信長はわざわざ妹を嫁がせるほど危うき位置を領しているのである。もし犬山方までも斎藤と結べば犬山は、美濃勢の大手門となるは必定_なのである。


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