3. 己の道

夕刻前に上総介らは屋敷に戻ってきた。
何か充実した躰を横たえるのを惜しむように上総介は立ったまま八右衛門らに訪ねる。

「あれは帰ったか」
「はっ、それはもう何とか・・・」
八右衛門と将右衛門は僅かに顔を見合わせたが、今は一刻を争う。
将右衛門は下世話さを断ち切るように切り出した。
「やはり岩倉の郎党らが・・・」
「であるか」
「それが・・・」
「虎口でも築いておったか」
「いえ・・・もはや寺は空で御座います」
上総介は、先程からやけに怪訝な面持ちの二人に背を向け、長い髪を巻き上げたの平打紐を解いた_
「居たのに居ないとあらば・・・」
「あの坊主の折伏で三宝にでも帰依したか?」
上総介は少し諧謔すぎた場を冷やすように、幾分目に力を込め八右衛門らに向き返った。
「どのような仕掛けじゃ」
「はっ、甚介が申すには・・・」
八右衛門は猶も事の顛末が信じられなかった_

昨日

あれから甚介は、二里の道を走った。
己が為に走る_走るのがこんなにも痛いと感じたことは無かった。
そしてその痛さが増せば増すほど、不思議に足は前へと伸びた_
「生きたい!」

影は真北をさす。

 清須へ延びる街道を進むと五条の川沿いに深藪に覆われた大きな銀杏の木が見えてくる。秋にもなれば黄金に輝き見事であろうが、まだ春たけなわ、剥き出しの枝が不気味さをより一層深め佇んでいる。

甚介は、街道を降り曲がり枝道をなおも進む。その足取りに、些かの躊躇もみせず、寺を覆う藪闇の中に踏み入った。今の甚介には夜陰よりなお濃い深みよりも、立ち止まれば覆われそうな心の"間"の方がよほど恐ろしい。

甚介の影が溶ける_それを見計らったかのように、藪影が甚介を呼び止めた_

「まてまて坊主」
甚介は目を凝らして辺りを見回したが、声の主の姿は見えない。 影はなおも呼び止める。
「此処は寺ではないぞ、寺の跡じゃ」
「いかにも」
声に構わず進むと、ようやく男の影が甚介の前に現れた。


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