3. 己の道

「寺ではないのなら・・・用はあるまい?」
「然様、寺に用があるので御座います」
甚介は猶も男の影を置き去った。
「まてまて・・・なるほど!肝試しであろ・・・」
「違いまする!」
甚介は声高に男の声を打ち消した_
「ならばぁ・・・如何なる用じゃ?」
「待てと言うに!」
甚介の影が大樹の下を過ぎると、辺りがだいぶ見えてきた。闇の向こうに微かに光を帯びた入母屋造りが見える。男は猶も甚介の後をを追う。
「待て、のう!」
甚介は構わず駆けた。後ろの影も駆けた_が、男は何かに足を取られ転んだ。
「ひっ・・・」
転んだついでに何処か打ったらしく呻いている。構わず進もうとしたが、その呻きがあまりにも女々しいものだから、甚介は声の方まで引き返した。
「すみ、ませぬ・・・」
「いやぁ・・・いぃ・・よいのじゃ」
「それより、どんな用か話してくれぬか?悪いようにはせん、のぅ」 甚介は男の背丈が己と変わらぬのに漸く気づいた_が、やけに面白みのある胴間声から察するに、歳は十以上も上であろう_そぅ思った。

「都の禅師がこの正眼寺を中興いたす故、煤だけでも祓いに参ったので御座います・・・」
「・・・み、やこ」
「みやこ・・・とは天女さまの住む都のか?」
「然様な話は・・・」
「まて、まて・・・まて少し待て・・・」
男も甚介も暫く闇の中で黙考していた。が、男は突然なにか思いついたように甚介を境内まで案内しはじめた。

寺の内は屋根が所々吹き飛んでいて外よりは幾分明るい。あの男と同様の粗末な身なりの者が凡そ十人と、身分のありそうな武者が二人は居るように見えた。
「水野さま、坊主が天女さまを」
「いやぁ良い、下がって良いぞ鬼顔・・・」
近寄って来た武者も小柄であったが、差した光芒に照らされた顔は鋭かった。
「其方は何処の行者であるか」
「桜雲山常観寺の者で御座います」
「然様か、釜地蔵のか・・・これは失礼した」
「ところで如何様で参った?ただ事ではあるまい」
「都の禅師が開山致す故、寺の煤払いに参ったので御座います」
するといつの間にか、その水野という武者の後ろにもう一人、大柄な武者の影が見え、甚介に尋ねた。
「その都の僧はいつ来られるのだ」
「明日にも当寺にお越しとの事・・・ですが、こちらにいつ来るかまでは・・・」
「然様か・・・然様であろうのう」
「よう知らせてくれた、御礼を申す」
「いや、知らせに来たわけでは有りませんので・・・」
「や、然様であったな」
「では、この事、我らの事は少し秘密にしておいて貰いたい」
「煤さえ祓えば用は御座いませぬ」
すると水野という武者は何事かもう一人の武士に耳打ちしたのち、他の粗野な者らに怒鳴るように伝えた。
「よいか皆の者、一刻ほどで戻る故、儂が戻るまでこの・・・」
「名を何と申す」
「甚介に御座います」
「この甚介殿の手伝いをいたせ、良いな」
すると武者は他の者を残し出て行き、一刻ほどで戻って来ると今度は皆、何処かへ消えてしまったのであった_


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